小河 園子 氏(おがわ そのこ)
板橋区立新河岸小学校講師/元埼玉大学講師・元埼玉県立浦和高校 教諭
ミルクは、ミオクなんですよ。
——1万人を教えた英語教師が、耳から届けた「おうち英語」40年。
記念すべき第13回。すばる舎編集長・小寺裕樹が読み解くのは、Gakkenから『おうち英語』を放った小河園子氏。高校の英語教員として40年、指導した生徒は約1万人。公立の進路多様校から名門大学へ生徒を送り出してきた“伝説の教師”は、自らの子育てでも、特別な教材も早期留学もなしに、息子をハーバードEMBA(短期)プログラムへと導いた。その哲学の核心は、驚くほどシンプルな一言に集約される。「耳から入れる」。
この対談は、どういう“越境”なのか
「@本が読みたくなる、ラジオ」には、ひとつの決めごとがある。自分が編集していない、他社の著者の本を、現役の編集長が読み解く。今回、読み解くのはビジネス書を専門とするすばる舎編集長・小寺裕樹。相対するのは、40年にわたり英語教育の現場に立ち続けてきた小河園子氏だ。
ジャンルの越境という意味でも、今回は際立っていた。小寺氏は対談の冒頭、自ら「英語って全然ダメで」と打ち明ける。かつて個別指導で英会話を学んだものの一年で忘れてしまったという経験を率直に語りながら、英語教育のプロに向き合う。専門家としてではなく、一人の“英語が苦手な大人”としてまっすぐに問いかけたからこそ、小河氏の言葉は身構えることなく、驚くほど具体的に引き出されていった。
今日の一冊——美和子と翔太が出会う『おうち英語』
番組は、ある場面のナレーションから幕を開ける。始業前のオフィス、給湯室でコーヒーを淹れていた美和子に、翔太が声をかける。「課長、なんか眠そうですね」「昨日、息子の英語の宿題を見てたら、つい夜更かししちゃって。単語を覚えさせようとしたんだけど、全然楽しそうじゃなくてね」——そう言いながら美和子が鞄から取り出したのが、今日の一冊、小河園子氏の『おうち英語』だった。
著者の小河園子氏は、高校で40年にわたり英語を教えてきたベテラン教師。指導した生徒は約1万人。オックスフォード大学やハーバード大学院など、世界トップクラスの大学に進んだ教え子も10人以上いるという。「そんなにすごい先生が書いた本なんですね」翔太が身を乗り出す。「でも意外と、教材にお金をかけなくてもいいらしいの。ご自身の息子さんも、特別な教材を使わずに育てて、社費でハーバードEMBA(短期)に行くまでになったんだって」。
本書がまとめるのは、「聴く力」「話す力」「読む書く力」など7つの力を、日常のちょっとした工夫で育てる63のヒント。好きな歌を口ずさむ、駅のアナウンスに耳を澄ませる——特別な学習ではなく、日常の延長にある工夫ばかりだ。「それなら、僕でも子どもと一緒にできそうです」翔太がつぶやくと、美和子は微笑んだ。「でしょう? 英語力の前に、まず親子のコミュニケーションが土台になるんだって」。
聴きどころ ①耳から育てる「おうち英語」の哲学——「ミルクではなくミオク」
小河氏の教育論の核心は、頭で理解する前に、耳で聞き分けさせることにある。言語学を学んだ経験から、LとRは「酸素と窒素くらい違う」別の音であることを、幼い頃から子どもの耳に刻みたかったという。
その実践は徹底していた。
「ミルクって言ったことは一度もないの」
子どもたちには一貫して「ミオク」と発音させ続けた。今、人気アーティストの名前が「ミルク」であることに触れ、「うち娘たちが大好きなんで、ミルクはミオクなんだと」と笑いながら振り返る場面もあった。書き言葉から入るのではなく、音と文字の結びつきを丁寧にやるべきだった——それが40年の教師生活で見えてきた、日本の英語教育に対するもったいなさだと小河氏は語る。
聴きどころ ②洋楽が教えてくれた文法——現在完了形と「元カレ」
対談後半、小河氏が「私を作った一曲」に選んだダイアナ・ロス「If We Hold On Together」から、思いがけない英文法談義が始まった。歌詞に登場する“You’ve come so far”(ここまで来たんだから)という一節は現在完了形。多くの日本人が苦手とする文法だが、小河氏はこれを「元カレを忘れられない文法」と呼んで教えてきたという。過去の出来事が“今も自分の中に生きている”感覚——それこそが現在完了形の本質だと、洋楽を教材に伝えてきた。「英文法って言っても堅苦しいものじゃなくて、こういう洋楽の中に紛れ込んでいたりもする」。堅苦しい暗記ではなく、生活の中に潜む文法を見つけ出す。それが小河流の英語授業だった。
聴きどころ ③1万人が運んだ物語——インドで校長になった教え子
40年、1万人という数字の重みを実感させたのが、教え子たちのその後の物語だった。進路多様校で教えていた、決して英語の成績が良くなかったという教え子は、卒業後にツアーコンダクターとなり、何度も訪れたインドで運命の出会いを果たす。プロポーズを受け、日本の母に相談に帰国したものの、結局はインドへ——。今、その教え子は現地で日本語学校の校長を務めているという。
「先生、私英語あんまり好きじゃなかったけどさ、結局日本語学校の校長をしてるんですよ」
英語が拓いた出会いと人生の物語は、この一人だけではない。「日本では出会えない出会いっていうのは、もう夢物語ではなくてあります」——教科書の外側にある英語の価値を、小河氏は自らの教え子たちの人生をもって語った。
聴きどころ ④母として、そして教師として——4歳の息子が飛んだ「海外デビュー」
小河氏自身も、「おうち英語」を実践した一人の母親だった。特別な英才教育ではなく、家に外国人講師を招いて誕生日会やクリスマスパーティーを開き、わかってもわからなくても英語の会話を子どもの前で続けたという。海外の人と話すのが楽しそうだと気づいた息子は、やがて自らこう語るようになった。
「英語を使う仕事につけば、母さんの世界見てきた世界の続きが見られる」
その息子は今、大手商社で商社マンとして海外出張をこなしているという。40年間、右脳と左脳を上手に行き来できる子どもがどんな分野でも伸びていくのを見てきた小河氏にとって、「テトリスが上手い子って英語上手なんです」という独自の発見も、机の上だけでは学べない英語の本質を物語る一言だった。
越境がもたらしたもの
ビジネス書を専門とする編集長が、英語教育書を読み解く。一見すると畑違いのこの組み合わせは、しかし小寺氏自身が「英語全然ダメで」と正直に打ち明けたことで、思いがけない化学反応を生んだ。専門家として構えるのではなく、一人の学び手として問い続けたからこそ、小河氏の言葉は専門用語に閉じることなく、誰もが手に取れる形で引き出されていった。
40年という時間と1万人という数字の向こうにある、一人ひとりの生徒の物語。そして、教師である前に一人の母親として悩み、手探りで実践してきた子育ての記録。編集を担当していない読み手だからこそ、書籍紹介の枠を超えて、小河園子という人物の輪郭がくっきりと立ち上がった55分だった。
ゲスト著者プロフィール
小河 園子 氏(おがわ そのこ)
板橋区立新河岸小学校講師、元埼玉大学講師、元埼玉県立浦和高校教諭。高校の英語教員として40年にわたり教壇に立ち、これまでに指導してきた生徒は約1万人。自身も高校時代にアメリカへ留学した経験を持ち、以来8つの国で異文化交流を重ねてきた。英検1級、IELTS8.0、TOEIC935、2024年には英語学習50年の節目にケンブリッジ英検の最上級であるCPEを取得。今なお学び続ける現役の英語教師である。教え子の中には、ケンブリッジ大学やオックスフォード大学院など世界最高峰の大学・大学院へ進学した生徒が10人以上おり、しかもその多くが公立高校からの挑戦だったという。
『気がつくと子どもの英語力がぐんぐん伸びている おうち英語』(Gakken/2024年12月12日発売)
特別な教材も早期からの英語漬けも必要ない。日々のちょっとした声かけや遊びの中にこそ、子どもの英語力を伸ばす種がある。40年間、1万人の生徒と向き合ってきた著者だからこそ語れる、等身大の「おうち英語」のヒントが63個詰まった一冊。
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ON AIR放送情報
- 放送日時:2026年10月3日(土)23:00〜23:55
- 放送:全国110局のコミュニティFMで放送
- ♪ 私を作った一曲:ダイアナ・ロス「If We Hold On Together」(小河 園子 氏 選曲)
ABOUT@本が読みたくなる、ラジオ
「@本が読みたくなる、ラジオ」は、自分が編集していない、他社の著者の本を、現役編集長が読み解くという決めごとを持つ対談ラジオ番組です。担当編集という利害から自由な読み手だからこそ、著者の本質にまっすぐ切り込む。ナビゲーターのあつみゆりかとともに、全国110局のコミュニティFMで放送中。
文責:編集部 Toshi Kinoshita