ON AIR REPORT 放送レポート
EP08 2026年8月29日(土)23:00〜23:55 放送前・予告レポート

伊藤 規絵 氏(いとう のりえ)

脳神経内科医・医学博士/札幌西円山病院 神経内科総合医療センター 医長

雪道で転んで、初めて分かったこと。
脳の専門医が辿り着いた「無知の涙を流さない」という誓い

第8回。すばる舎編集長・小寺裕樹が読み解くのは、ダイヤモンド社から『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』を上梓した伊藤規絵氏。6年前、通勤途中の雪道で転倒し、左足首を骨折。歩けなくなって初めて、これまで診てきた歩行障害の患者の苦しみを「全然わかっていなかった」と気づいたという。約7000人を診療し、3000本の論文を読み込んできた専門医が、なぜ一般向けの健康実用書を書いたのか。その転機と原点に、他社の編集長がまっすぐ迫る。

伊藤 規絵 氏

この対談は、どういう“越境”なのか

「@本が読みたくなる、ラジオ」には、ひとつの決めごとがある。自分が編集していない、他社の著者の本を、現役の編集長が読み解く。 担当編集という立場のしがらみを離れ、一人のプロの読み手として著者に向き合う——その原則を、今回も貫く。

読み解くのは、すばる舎編集長・小寺裕樹。相対するのは、ダイヤモンド社から『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』を上梓した伊藤規絵氏。医学の専門知識を、どう読者に届く言葉に変えたか——編集者の視点から、その工夫と人物像の両方に迫る回になった。

今日の一冊——美和子と翔太が出会う『100歳までボケない脳』

金曜の夜、八時すぎのオフィス。残っているのは、美和子と翔太のふたりだけ。「うちの親ね」と、美和子がふと口を開く。「同じ話を二回するようになって。歳かな、って笑ってたんだけど」。翔太も顔を上げる。「あー……うちのじいちゃんも」。美和子はカバンから一冊の本を取り出した。「これ、脳の専門医が書いた本」。

著者の伊藤規絵氏は、これまでおよそ7000人の患者を診てきた脳神経内科の専門医だ。「治らない」とされる脳の病とも向き合うなかで、悲しい現実をいくつも見てきたという。だからこそ、この本は静かに語りかけてくる。認知症が奪うのは、記憶だけではない、と。

では、どうすれば脳を守れるのか。カギは、脳の小さな掃除屋さん「ミクログリア」。ふだんは脳のゴミを片づけ、記憶や集中力を支えてくれる存在だ。ところが睡眠不足や乱れた食事が続くと暴走し、脳に炎症と酸化——いわば「ボヤ」と「サビ」を撒き散らしてしまう。意外なことに、激しい運動さえ、やり方を誤れば脳を老けさせるという。

けれど、やることは難しくない。血圧、食事、睡眠、速歩、呼吸、お酒。毎日の暮らしを、ほんの少し整えるだけでいい。

聴きどころ ①遊んでばかりだった少女が、なぜ医師になったのか

7000人を診てきた専門医、と聞くと、医師家系に生まれ育ったエリート街道を想像しがちだ。だが伊藤氏の原点は、まったく違うところにあった。

「私自身、小学校は遊んでばかりというか、楽しい毎日をどう楽しんで生きるかってことを考えてて」

進路を意識し始めたのは中学の頃。国語より数学のような単純な論理を好んだという伊藤氏の背中を押したのは、母の言葉だった。

「母親がとにかく、女性でも手に職業をつけて生きていきなさいっていうことで。教師でもいいし何でもいいから、というところから、医学っていうものにちょっと興味を持つようになって」

たまたまのご縁で医師になった、と伊藤氏は語る。エリートの物語ではなく、母の願いと、本人の好奇心が静かに重なった先にあった選択——その率直さが、この回の人物像の入り口になる。

聴きどころ ②医学生時代、忘れられない光景

伊藤氏の書いた本の冒頭は、「脳が壊れるという悲劇」という章から始まる。医学生時代、法医学の講義で立ち会った、ある出来事が原点にあるという。

長年連れ添った、認知症を患う妻を介護し続けてきた高齢のご夫婦。その介護の果てに起きた、あまりに悲しい結末に、伊藤氏は立ち会うことになった。

「病だけじゃなく、その背景を知らないとやはり、皆さん一人一人が生活して生きてきている中で、そういった悲劇が起こってしまうっていうのはどういうことなのかな、ということも考えさせられた。今でも忘れられませんね」

医療は病気だけを診るものではない。その人の生活そのものを見なければならない——臨床医としての伊藤氏の姿勢の根には、20年以上前のこの記憶が、今も静かに残っている。

収録中の伊藤規絵氏と小寺裕樹編集長、ナビゲーターのあつみゆりか
スタジオでの収録風景

聴きどころ ③「これじゃダメだ」——自らの骨折が変えた視点

もう一つの転機は、6年前。通勤途中の雪道で転倒し、歩けなくなったことだった。

「自分、6年前に骨折したんですね。雪道で歩けなくなって、生活できなくなって。私、あの病気で歩けなくなる方が多いので、全然わかってなかったなぁっていうのが身に染みまして」

見える景色そのものが変わった、と伊藤氏は語る。

「急に歩けなくなるし、見える目線が変わりますね。こう、見てるものが急に、車椅子とか……」

何千人もの歩行障害の患者を診てきたはずの専門医が、自ら歩けなくなって初めて気づいたことがあった。

「脳も同じで、脳は司令塔なので、手足を動かすところ。ましてそれがダメになると、永続的だと生活自体を変えなくちゃいけない。……じゃあその手前、知ってて防げる病気があるであれば、そこを伝えたいなと思いまして」

「これじゃダメだ」という思いが、この本の出発点になった。

聴きどころ ④「知らないことで、無知の涙を流したことがありまして」

番組後半、小寺編集長が本の読みどころを語る「編集者の読みどころ」コーナーで、伊藤氏はこの本に込めた思いを、こう言葉にした。

「診察5分10分じゃちょっと語りきれないところもありまして。そういった中で、もしかしたら本で知っとくと頭の芯が違うのかな、とか。知らないよりはちょっと知ってる方が……。私自身も、苦労した、知らないことで無知の涙を流したことがありまして。そういうことが少しでもなければいいかな」

診療の現場で一人ひとりに向き合えるのには限りがある。だからこそ、本という形で全国に届けたい——伊藤氏はそう語る。

100歳まで元気に過ごす患者に共通するものを尋ねられ、伊藤氏はこう答えている。

「一言で言うと、血管がきれい、脳がきれい。私は脳の専門なのでMRI画像、頭の検査をするんですけど、きれいだなって思うんですね。……私は80歳でもこうあり得るかなとか、最近はよく思うようになりまして」

越境がもたらしたもの

編集を担当していない読み手だからこそ、専門医としての伊藤氏の知見だけでなく、「一人の人間として何を経験し、何を大切にしてきたか」を、まっすぐ引き出せる。遊んでばかりだった少女、医学生時代に目撃した悲劇、自らの骨折——臨床医としての顔の奥にある、生活者としての伊藤氏の輪郭が、この対談のなかで立体的に立ち上がっていく。

収録を終えた伊藤規絵氏と小寺裕樹編集長、ナビゲーターのあつみゆりか
収録を終えて(MUSIC BIRDスタジオにて)

ゲスト著者プロフィール

伊藤 規絵 氏(いとう のりえ)

脳神経内科医・医学博士。札幌西円山病院 神経内科総合医療センター 医長。これまでおよそ7000人の患者の診療にあたる。国内外の学会での発表は約80回、筆頭著者を務めた論文は15編にのぼる。脳と歩行を中心に国内外の医学・科学論文を3000本以上読み込み、最新の研究知見を臨床に活かしている。難しい医学をすべての人の暮らしに届けることをライフワークとする。

『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳』書影

『脳の専門医が教える 100歳までボケない脳 「ミクログリア」が味方する6つの習慣術』(ダイヤモンド社/2026年4月22日発売)

脳の掃除屋と呼ばれる「ミクログリア」を味方につけて、いくつになっても冴える脳を保つ。血圧・食事・睡眠・速歩・呼吸・お酒——毎日の生活を少し見直すだけの6つの習慣術を、脳神経内科の専門医が3000本の論文をもとに解説する一冊。

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ON AIR放送情報

  • 放送日時:2026年8月29日(土)23:00〜23:55
  • 放送:全国110局のコミュニティFMで放送
  • ♪ 私を作った一曲:中島みゆき「糸」(伊藤規絵 氏 選曲)

ABOUT@本が読みたくなる、ラジオ

「@本が読みたくなる、ラジオ」は、自分が編集していない、他社の著者の本を、現役編集長が読み解くという決めごとを持つ対談ラジオ番組です。担当編集という利害から自由な読み手だからこそ、著者の本質にまっすぐ切り込む。ナビゲーターのあつみゆりかとともに、全国110局のコミュニティFMで放送中。

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文責:編集部 Toshi Kinoshita