久道 りょう 氏(ひさみち りょう)
音楽評論家・声鑑定家/ミュージック・ペンクラブ・ジャパン 元理事/日本ポピュラー音楽学会 会員
52歳、一人の歌声に出会って人生が動き出した。
——専業主婦から音楽評論家へ、そして「声」を聴くだけで人を言い当てる女性の、もう一つの顔。
第15回。PHP研究所編集長・大隅元が読み解くのは、青春出版社から『なぜ、J-POPは世界の心をつかむのか』を上梓した久道りょう氏。声楽を学んだのち、家事と育児のかたわらコーラス指導者として暮らしてきた“普通の主婦”だった彼女は、52歳のときに出会った一人の歌手の歌声によって人生の舵を大きく切った。そこから10年足らずで音楽評論家、そして声だけで人の性格を読み解く「声鑑定家」へ——その道のりと素顔を、他社の編集長がまっすぐに掘り起こす。
この対談は、どういう“越境”なのか
「@本が読みたくなる、ラジオ」には、ひとつの決めごとがある。自分が編集していない、他社の著者の本を、現役の編集長が読み解く。 担当編集という立場のしがらみを離れ、一人のプロの読み手として著者に向き合う——その実践を、今回も貫く。
読み解くのは、PHP研究所編集長・大隅元。相対するのは、青春出版社から『なぜ、J-POPは世界の心をつかむのか』を上梓した久道りょう氏。ビジネス書とは畑違いの、音楽評論という世界からやってきた著者に、大隅は編集者としての視点と、一人の音楽ファンとしての視点をぶつけていく。
今日の一冊——美和子と翔太が出会う『なぜ、J-POPは世界の心をつかむのか』
羽田空港の到着ロビー。海外出張から戻ったばかりの美和子を、翔太が出迎えに来ていた。「課長、お帰りなさい。向こうはどうでした」美和子はスーツケースを引きながら、少し興奮した様子で答える。「聞いて。現地のカフェで、YOASOBIの曲が流れてたの。しかも周りの外国人のお客さんが、サビだけ日本語で口ずさんでて」「へえ、意外です。歌詞、わからないはずなのに」
そう言って美和子が鞄から取り出したのが、この一冊だった。
著者の久道りょう氏は、大阪音楽大学で声楽を学び、ボイストレーナー・コーラス指導者としてこれまでにのべ2万人以上を指導してきた、声のプロフェッショナルだ。声を聴くだけでその人の性格を読み解く「声鑑定」でも知られ、62歳を過ぎてから音楽評論家としての道を歩み始めた。
本書は、藤井風、YOASOBI、Ado、米津玄師から、B'z、郷ひろみまで、日本を代表する32人のアーティストの歌声を徹底解剖した一冊。日本語という言語が持つ母音のやわらかさや、歌声に残る余韻こそが、言葉の壁を越えて世界の心をつかんでいるのだと、久道氏は説く。
「歌詞の意味はわからなくても、声そのものが何かを伝えてる、ってことですか」翔太が尋ねると、美和子はうなずいた。「そう。声には、言葉にならない情報が詰まってるんだって」
聴きどころ ①専業主婦が、52歳で音楽評論家になるまで
久道氏の経歴は、業界人らしいツテを一切持たない。声楽を修めた後は家事・育児のかたわらコーラスを教え、指導人数はのべ2万人以上。だが自身の中では「音楽の世界では仕事は頭打ち」と感じていた時期もあったという。
そんな彼女の人生を動かしたのは、52歳のときに出会った一人の歌手の歌声だった。理に叶った発声に専門家として惹きつけられ、「歌で心が癒される」という体験を初めてした。歌手の帰国をきっかけにブログを書き始め、韓国・中国のレビューコンテストで受賞。文章の影響力を実感したことが、書く世界に入るきっかけになった。
大阪文学学校で7年間小説を書き続けるも思うような結果は出ず、2018年(60歳)に自身の原点である音楽レビューへ回帰。2020年、日本の音楽評論家団体ミュージック・ペンクラブ・ジャパンに所属が認められ、正式に音楽評論家となった。青春出版社の連載「人生を変えるJ-POP」(2022年4月〜2年3ヶ月、50人分)を経て、2025年12月、32人のアーティストを扱う本書の刊行に至る。
聴きどころ ②その場で明かされた、「声鑑定」の妙技
久道氏のもう一つの顔が「声鑑定家」。声のデータを聴くだけで、話し方の音質的特徴から性格・性質・思考パターンまでを20項目にわたって読み解き、9枚ほどの鑑定書にまとめるという。
大隅が「声を聞くだけで性格や性質を読み解く声鑑定というものをやられていらっしゃる」と切り込むと、話は思わぬ方向へ。その場であつみと大隅の声を“1ポイント”だけ鑑定するという即興企画が始まった。
あつみに対しては「すごく一本気な人だと思いました……ここって思ったら、もう突き進むタイプですね」、大隅に対しては「すごく細やかな心遣いがある人……バランスが良くて、すごい気配りができる人なんだと思います」——一度しか会っていない相手をも言い当てる的中ぶりに、スタジオは驚きに包まれた。
その仕組みを久道氏はこう説明する。
「声を聞くと文章を書くときと同じように、言葉が降ってくる、浮かんでくる。この人こんな人だなって。直感です」
長年、誰にも話したことがなかったというこの感覚を、6年前にスタイリストとの会話で初めて言葉にしたのだという。
聴きどころ ③一冊にするために、ウェブ連載を全部書き直した
本書のもとになったのは、青春出版社の公式noteで2年3ヶ月・50人分にわたって続けた連載「人生を変えるJ-POP」。ところが本にする段になり、久道氏は連載原稿を読者の目で読み返し、あるひとつの結論に至った。
「ウェブで読み飛ばす文章と、そもそも本でずっと残り続ける文章っていうのは、違うな」
そう気づいた久道氏は、連載原稿を全面的に書き直した。取り上げるアーティストの新曲情報なども直前まで更新し、単なる連載のまとめ直しではない一冊に仕立てている。
大隅はこのやりとりに、かつて別の音楽評論家から聞いた「音楽業界を見ると、未来の出版業界がわかる」という言葉を重ねる。音楽業界がデジタル化や配信の変化をひと足先に経験してきたように、「一曲入魂」で作られた楽曲がいつか必ず見出されるのと同じ姿勢が、本づくりにも必要だという指摘だ。
聴きどころ ④松田聖子からAdoまで。32人が架ける、世代の橋
本書が扱う32人のアーティストの幅広さも、対談の大きな話題になった。今をときめくAdo、YOASOBI、Mrs. GREEN APPLEから、昭和を彩ってきた郷ひろみ、松田聖子といった大御所まで。大隅はこれを「解剖図鑑」ではなく「世代を理解するための架け橋」だと評した。
久道氏自身は音楽評論の世界に入って日が浅い。だからこそ見えたのが、既存の音楽評論の多くが楽曲そのものの分析に偏り、それを歌う「歌手の歌声」への評価がほとんどないという事実だった。
「曲を歌っている歌手についての評価っていうのがほとんどないんですよ……歌手がこの歌を歌うために、裏でどんだけの練習を積んだか。そういう部分を書きたい」
声楽出身だからこそ見える、歌声の裏に隠れた努力。それを可視化することこそが、久道氏の評論のスタンスだと語られた。
越境がもたらしたもの
音楽の世界と出版の世界、それぞれの現場を知る二人だからこそ生まれた対話だった。「一曲入魂」で作られた楽曲がいつか見出されるように、一冊の本もまた読み手を信じて磨き込むしかない——大隅のその指摘に、久道氏自身の「これでいいのか」を問い続けた執筆姿勢が重なる。
音楽評論家としてまだ日の浅い久道氏だからこそ持ち得た、既存の評論への違和感。それを担当編集ではない読み手が引き出したことで、「なぜ、この人が32人もの歌声を語れるのか」という問いに、対談を通じて答えが見えてくる回となった。
ゲスト著者プロフィール
久道 りょう 氏(ひさみち りょう)
音楽評論家・声鑑定家。大阪音楽大学声楽学部で声楽を学び、大阪文学学校で長年文章の基礎を磨いてきた。学生時代はボーカルユニットの一員として、多い時には年間100本のステージに立った経験もある。結婚後は家事・育児のかたわらコーラス指導者として活動し、指導人数はのべ2万人以上。2009年には1000人規模のコーラスの指導・指揮も務めた。2010年、ブロガーとして文筆活動を始め、韓国・中国のヴォーカルコンテストでの受賞をきっかけに活動の主軸を音楽から文筆業へと方向転換。62歳を過ぎてから音楽評論家としての活動を本格的にスタートし、ミュージック・ペンクラブ・ジャパンの元理事、日本ポピュラー音楽学会の会員としても活動している。また、声を聴くだけで性格や性質を読み解く「声鑑定」でも独自の評価軸を確立し、声鑑定家としての活動とともに、日本語の言語学的特徴を踏まえた発声法「話し言葉のボイトレ」を確立、ボイストレーナーとしても活動している。
『なぜ、J-POPは世界の心をつかむのか―いま、誇るべき32人のアーティストたち』(青春出版社/2025年12月3日発売)
藤井風、YOASOBI、Ado、米津玄師から、B'z、郷ひろみまで、日本を代表する32人のアーティストの歌声を徹底解剖。歌詞や旋律だけでなく「歌声そのもの」の魅力に迫る、著者ならではの視点が詰まった一冊。
GUEST'S WORKゲストの活動・関連リンク
- note ↗(アーティストの歌声の魅力やライブの感想、声に関する記事)
- Voicy「久道りょうの声が人生を変える」↗(毎週月・水・金配信)
- 声鑑定 公式サイト ↗
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- 公式LINE ↗
ON AIR放送情報
- 放送日時:2026年10月17日(土)23:00〜23:55
- 放送:全国110局のコミュニティFMで放送
- ♪ 私を作った一曲:ジェジュン「化粧」(中島みゆき カバー/久道 りょう 氏 選曲)
ABOUT@本が読みたくなる、ラジオ
「@本が読みたくなる、ラジオ」は、自分が編集していない、他社の著者の本を、現役編集長が読み解くという決めごとを持つ対談ラジオ番組です。担当編集という利害から自由な読み手だからこそ、著者の本質にまっすぐ切り込む。ナビゲーターのあつみゆりかとともに、全国110局のコミュニティFMで放送中。
文責:編集部 Toshi Kinoshita